東京地方裁判所 平成3年(ワ)18976号 判決 1992年6月30日
原告 株式会社住生ホーム
右代表者代表取締役 南部健也
右訴訟代理人弁護士 中吉章一郎
被告 本橋武臣
右訴訟代理人弁護士 高島謙一
主文
一 被告は、原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文第一項に同旨
第二事案の概要
本件は、原告(買主)が被告(売主)に対し、昭和六一年八月二八日締結の別紙物件目録の土地(本件土地)の売買契約の解除に伴う昭和六二年一月二六日の合意に基づく違約金(手付金の倍額)六〇〇〇万円及びこれに対する履行期後の訴状送達の日の翌日である平成四年一月一四日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める事案である。
一 争いのない事実
1(本件売買契約)
原告は、昭和六一年八月二八日、被告から、次のとおり、本件土地を買い受けた(本件売買契約)。
(1) 代金 一億八一九四万五四四〇円
(2) 支払方法
契約締結時に手付金として三〇〇〇万円、昭和六二年四月三〇日までに残金一億五一九四万五四四〇円
(3) 所有権移転時期
代金支払完了時とし、代金支払と引換えに所有権移転登記手続をする。
(4) 違約金の約定
被告が債務不履行のときには原告に対し、受領済の手付金の倍額を支払う。
2(手付金の支払)
原告は、被告に対し、昭和六一年八月二八日、手付金三〇〇〇万円を支払った。
3(所有権移転請求権仮登記)
被告は、原告に対し、昭和六一年一二月二三日、本件土地につき所有権移転請求権仮登記手続(本件仮登記)をした。
4(解除)
しかし、被告は昭和六二年二月七日、同年一月二六日付け解除を原因として、右仮登記の抹消登記手続をした。
5(違約金の支払約束)
被告は、昭和六二年一月二六日、原告に対し、受領済の手付金の倍額の違約金六〇〇〇万円を支払うことを約束した。
6(原告の被告に対する仮処分の執行)
原告は、当初右売買契約の解除と仮登記の抹消を承認せず、右仮登記の回復登記手続及びその本登記手続請求権を被保全権利として被告を債務者とし、昭和六二年四月、本件土地につき処分禁止の仮処分(本件仮処分)命令を得て、その執行をした。
7(原告の前訴での敗訴)
原告は、被告及び有限会社サンリク商事(サンリク商事)らを相手取り、右被保全権利を本案請求とする訴え(原告の前訴)を提起したが、右訴えは、平成三年二月に原告の敗訴が確定した。
8(被告の原告に対する別訴の提起)
そこで、被告は、本訴に先立ち、平成三年一二月一一日、当庁に「被告は、本件仮処分前、本件土地をサンリク商事に売却していたが、右仮処分の執行によりサンリク商事との間の売買契約(本件転買契約)を遂行することができず、そのため、被告は、一億円の損害(別件損害)を受けた。」として、原告及び原告訴訟代理人を相手取り、その損害の賠償を求める訴え(被告の別訴)を提起した。
9(相殺の意思表示)
被告は、原告に対し、平成四年三月六日、被告の別訴の損害賠償請求債権をもって、原告の本訴請求債権六〇〇〇万円とその対当額で相殺する旨の意思表示をした(本件相殺、<書証番号略>)。
二 争点
1(被告の本件相殺の抗弁の許否)
(原告の主張)
被告の別件損害の存否については、本訴に先立ち起こされた被告の別訴で審理がされるべきである。別訴で別件損害の請求をしながら、本訴においてその内金について相殺の自働債権に供する旨の被告の相殺の主張は、本件事案の性質上信義則に反し、かつ、実質二重訴訟でもあり、許されない。すなわち、
(1) 被告は、別訴の損害賠償請求金一億円をそのままとして、その内金六〇〇〇万円を本訴で自働債権として相殺の抗弁を提出するが、右抗弁の提出を許容すれば、右債権の存否につき審理が重複し、訴訟上の不経済が生じる。
(2) 本訴で被告の相殺の抗弁の提出を許すと、本訴で原告が請求する違約金の請求債権(受働債権)の存在自体争いがないのに対し、被告の右自働債権の存否は、事案が複雑で審理に時間を要すると思われるので、原告の本訴請求債権(受働債権)は、その回収が遅れることとなる。
(3) 本訴で本件自働債権の存否について判断されると、相殺をもって対抗した額の限度で、右自働債権の不存在につき民訴法一九九条二項により既判力が生じ、かつ、別訴でも自働債権と同じ損害賠償請求債権の存否についても判断が行われ、二重起訴の禁止を定めた同法二三一条の趣旨に反する。
(4) 本訴と別訴とを併合して審理することは、右(2) の事情から、いたずらに本訴の審理を遅延させるだけであり、右併合は相当でない。
(被告の反論)
(1) 相殺の抗弁は、その抗弁を主張しただけでは、訴訟係属は生ぜず、相殺に供した自働債権が別訴の訴訟物であっても同一の訴訟が裁判所に二重に係属しているとは、当然にはいえず、民訴法二三一条そのものに抵触しない。
(2) 後は、民訴法二三一条の趣旨に反しないような運用をすれば足りる問題である。すなわち、<1>本訴と別訴とを併合審理すれば足り、<2>既判力の抵触の問題は、いずれか一方の判断が確定したときに、考慮すれば足りる。
2(被告の別件損害の有無)
(被告の主張)
被告は、原告の違法な本件仮処分の執行により一億円の被告の別件損害を受けた。すなわち、
(1) 原告と被告とは、事情あって昭和六二年一月二六日本件売買契約を解除し、同年二月七日付けで本件仮登記の抹消登記手続をした。
(2) 被告は、サンリク商事に対し、昭和六二年二月二六日、本件土地を三億六三二四万円で転売し、同年三月一三日、その所有権移転請求権仮登記手続をした。
(3) 被告は、サンリク商事が都民信用組合から融資を受けるために、昭和六二年二月二五日、右組合のために本件土地に根抵当権設定登記手続をした。その後、サンリク商事は、売買代金の内、二億円を被告に支払った。
(4) サンリク商事は、昭和六二年三月一八日、大成ハウジング株式会社(大成ハウジング)に対し、本件土地を四億五四〇〇万円で転売した。
(5) しかし、原告は、昭和六二年四月二一日当庁で、被告を債務者として本件土地につき本件仮処分命令を得て執行した。その理由とするところは、被告とサンリク商事との転売契約及び被告と都民信用組合との根抵当権設定契約は、いずれも実体のない仮装のものであること、前記争いのない事実4の仮登記の抹消登記及びその原因である本件売買契約の解除は当時代表権限のなかった形式上の代表取締役によって行われたもので無効であり、原告は、右抹消仮登記の回復登記手続と右仮登記に基づく本登記手続請求権を有するということにあった。
(6) しかし、原告の右代表取締役は、代表権限を有し、原告は有効に(5) の解除等をしたものであり、被告の右転売契約等は実体のあるものである。そして、原告には、原告の右代表取締役の代表権限の有無、右転売契約等の実体の有無の判断に過失があったというべきである。
(7) 原告は、原告の前訴において、被告、サンリク商事及び都民信用組合を相手取り、前記争いのない事実6の被保全権利を本案請求とし、抹消された仮登記の回復登記手続、回復された仮登記に基づく本登記手続等を求めたが、右訴えは、平成三年二月に原告の敗訴が確定した。
(8) サンリク商事も大成ハウジングも、原告の違法な仮処分及び提訴により、本件土地を事業化することができず、サンリク商事の都民信用組合に対する借入債務の支払は滞り、本件土地は、同組合により昭和六三年六月競売手続に付され、平成元年一〇月売却され、被告はサンリク商事に、サンリク商事は大成ハウジングに対し、売買契約を履行することができなくなった。
(9) サンリク商事は、被告の債務不履行により、サンリク商事が大成ハウジングに対し支払った手付金倍額の違約金及びサンリク商事の大成ハウジングとの取引での逸失利益等で合計二億円を下らない損害を受けたので、被告は、平成元年一一月三日ころ、やむなく、サンリク商事に対し、一億円の賠償金を支払い、結局、被告は、原告に対し、原告による違法な仮処分の執行による一億円の損害賠償請求権を有している。
(原告の反論)
本件仮処分の申立て及び執行に違法はなく、仮処分による損害もない。
第三争点に対する判断
一 先ず、争点1(被告の本件相殺の抗弁の許否)について判断する。
前記争いのない事実中、
1 被告は、別件損害一億円につき別訴でその賠償請求の給付の訴えを提起し、原告が本訴において本件売買契約の解除に続く合意に基づく違約金(手付金の倍額)六〇〇〇万円の請求を求めた本訴で、右別訴の訴訟物である別件損害賠償請求権をもって、右六〇〇〇万円の額の限度で相殺する旨の抗弁を提出している。被告の相殺の抗弁は、学説にいう抗弁後行型に属する。
2 そして、本訴の訴訟物である受働債権、すなわち原告と被告間の合意に基づく違約金(手付金の倍額)六〇〇〇万円の請求の請求原因については当事者間に争いがない。
3 自働債権である別件損害の一億円の賠償請求権は、原告が本件土地に処分禁止の仮処分を執行したことを原因とするものであり、当事者間に争いがあり、その審理に相当の期間が予想される。
という諸事情の下において、本訴で被告の相殺の抗弁の提出を許すとすれば、自働債権である別件損害の賠償請求権の存否について審理が重複して訴訟上の不経済が生じ、本訴で自働債権の存否が判断され右判断が確定すると、相殺をもって対抗した額の不存在につき民訴法一九九条二項による既判力を生じ、ひいては別訴の別の裁判所の判断と抵触して法的安定性を害する可能性も否定できず、二重起訴の禁止を定めた同法二三一条の趣旨に反する。また、本訴で被告の相殺の抗弁の提出を許すとすれば、原告の権利の実現が不当に遅延し、原告に酷な結果を招く。他方、本件全証拠によっても、別訴の追行に併せて本訴で相殺の抗弁の提出を許さなければ被告にとって不当に酷な結果を招くという事情も見当たらないことなどに照らすと、被告は右相殺の抗弁を提出することは許されないものと解するのが相当である。それ故、本訴と別訴とを併合することも相当でないと解する。
なお、既判力の抵触の問題は、いずれか一方の判断が確定したときに、考慮すれば足りるとする被告の反論は、当事者の意向に左右され、法的に強制できるものではないので、相殺の抗弁の提出を許す理由とはならない。
二(結論)
以上の次第で、本訴において被告が相殺の抗弁を提出することは不適法で許されない。したがって、被告の別件損害の有無を判断することが許されず、被告の相殺の抗弁は理由がないことに帰し、原告の請求は、理由がある。
(裁判官 宮崎公男)
別紙 物件目録
所在 練馬区貫井二丁目
地番 九九六番一〇
地目 宅地
地積 四〇〇・二八平方メートル